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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)1614号 判決 1968年7月15日

原告

折笠末吉

被告

名古屋市個人タクシー協同組合

ほか二名

主文

被告らは、各自、原告に対し二二五、六八四円およびこれに対する昭和四一年二月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は一〇分し、その九を原告、その余を被告らの各負担とする。

この判決は主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告訴訟代理人は「被告らは原告に対し各自二、七一四、五〇〇円およびこれに対する昭和四一年二月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因

一、原告は、昭和四一年二月二四日午後四時三〇分頃、名古屋市中村区堀内町一丁目一〇番地先路上において、被告安達の運転する普通乗用車(愛五か六五九一)に衝突され、左脛骨々折の傷害を負つた。

二、右交通事故は被告安達の前方不注視の無暴運転によるものであるが、被告坂上は右自動車の保有者であり、被告組合は被告安達を個人タクシー運転手の交替要員として雇つている使用者である。本件事故は被告安達が被告坂上の運転交替要員として被告協同組合の業務執行中に発生せしめたものであり、仮に同組合が使用者でないとしても、同組合は被告坂上の代理監督者であるから、被告らは自動車損害賠償保障法並びに民法の定めるところに従い、原告に対し次の損害賠償を支払う義務がある。

三、損害

(一)  休業補償 六五六、〇〇〇円

原告は株式会社藤本商会に外交員として勤務し月当り四一、〇〇〇円の収入を得ていたが、本件事故による傷害のため、一六ケ月間無収入となつた。

(二)  得べかりし利益 一、七四八、六一二円

原告は本件事故による傷害の結果、左脛骨々折部に仮関節形成の後遺症が残り、将来にわたり四五パーセントの労働労力を喪失することとなつた。原告は五三才であり、今後一〇年間は労働可能であるから、原告の一ケ月分当りの減収額は少くとも一八、〇〇〇円となり、その分の一二〇ケ月の収入減をホフマン式計算法により中間利息を控除し、現在の価額に引直すと、頭書の金額となる。

(三)  附添婦代 五八、五〇〇円

昭和四一年五月二五日から同年八月二五日まで、一日当六五〇円。

(四)  慰藉料 二〇〇万円

原告は受傷後一六ケ月間経過しても、骨折部が膨隆し、長時間の座居に疼痛を覚え、歩行も困難な状況である。

四、よつて原告は、被告らに対し、右損害合計額中、二、七一四、五〇〇円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和四一年二月二五日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの主張

一、原告が本件事故により受傷したこと、被告坂上が本件加害自動車の保有者であることは認めるが、その余の原告主張を争う。

二、本件事故当時、被告安達は被告坂上に雇傭されていたもので(陸運局にも届出で、その許可のもとに、本件自動車を運転していた)、被告協同組合は使用者でもなく、自動車の保有者でもないから、本件事故につき何らの責任もない。

三、本件交通事故において、被告安達には過失がない。

即ち、本件交通事故発生地は交差点内ではあるが、被告安達進行道路(南北)は、原告進行の道路に比して遙かに広く、交通量も多い。しかも当時は、被告進行道路上には、自動車が引続いて進行していた状況であつたのに、原告は右交差点に進入するに際し一旦停車もせず、突然自動車の間から被告自動車の前に飛び出し、接触事故を起すに至つたものである。被告安達としても、万一を慮り、充分に注意して時速三五キロメートルに減速し、前方も注視していたので、原告が自動車の間から飛出して来るのを逸早く発見し、急停車をしたところ、原告はそのまゝ進行し、右被告車の右前部バンパー附近にもたれかゝるようにして停車し、自ら左脚を右両車の間にはさみ込み、本件傷害に至つたのである。

以上の次第であるから、本件事故は原告の不注意並びに操作不良に基くものであるという外ない。

四、原告の将来の逸失利益の主張は、次のとおり理由がない。

即ち原告の仮関節は将来不治のものではなく、再手術(費用一五万円)することにより治療しうるのに、原告はこれを実行することなく、傷は治らないと独断し、これを前提に将来の逸失利益を算出しているのであるから、計算の前提を欠き、理由がない。

五、仮りに、被告らに何らかの責任があるとしても、原告の受傷につき、次の金員が支出されている。

(1)  治療費 一八四、四二〇円

被告支払。

(2)  治療費 一二七、七七六円

但し鶴舞社会保険事務所より支給されたもの。

(3)  傷病手当 一四八、六八〇円

前項に同じ。被告坂上はこれを補填しなければならない。

(4)  休業補償 八万円

被告支払。

(5)  附添費 三九、〇〇〇円

被告支払。

(6)  個室料およびフトン代 三四、四四〇円

被告支払。

(7)  休業補償 一六万円

但し、訴外藤本商会支払分。

(8)  自動車損害賠償保険金 二六万円

よつて原告が本件事故発生につき、重大な過失がある点を考慮すると、被告らが今後負担させらるべき金員はないというべきである。

第四、被告抗弁に対する答弁

本件事故に関し、被告ら主張の金員が支出されたことは認める。然し、原告はこれらの金員を控除して請求している。

第五、証拠 〔略〕

理由

一、原告主張の日時場所において、本件事故が発生し、原告が受傷したこと、被告坂上が本件加害車の保有者であることは当事者間に争いがない。

二、そこで被告協同組合の地位について検討する。

〔証拠略〕によれば、被告ら相互の関係について次の事実が認められる。

被告協同組合は、個人タクシー業者を組合員として中小企業等協同組合法に基づき設立された事業協同組合であるが、組合員に対する福利厚生事業の一環として、組合員が病気になり自らタクシーを運転することができないため、運輸省陸運局に代務運転を申請して認可を受け、運送事業を継続する必要のある場合、右組合員の申請を代行すること、かゝる必要に備えて代務運転手となるべき者(本件の場合被告安達がこれに当る)をあらかじめ雇傭しておくこと、代務運転手を組合員(本件では被告坂上)が雇傭の形式で使用するとき組合は水揚げを代務運転手から受取り、そこから組合費を差引き精算の上組合員に残金を渡すことなどをその業務の一としていた。

そして、ある者を代務運転要員として選任採用するのは被告組合であり、組合員に代務運転者を必要とする事態が生じたとき、派遣すべき代務者を選任するのも組合員(被告坂上)でなく、被告組合であり、さらに、代務要員として採用された者は採用後被告組合から給料を受けていた。

以上の事実が認められる。

すなわち、被告協同組合は組合員相互の扶助を目的とし、その事業の一部として代務運転者の確保、あつせん、と共に、代務運転者の選任、監督もなすべき地位にあつたものであり、代務運転者が組合員に雇傭されるという形式をとつていたことは、個人タクシー業が特定の個人が自ら運転してタクシー営業を行うことを原則としていた関係上被告協同組合が代務運転者を雇傭して運転営業に当ることができなかつたためにとられた措置に過ぎず、組合員たる被告坂上に被告安達が雇傭されている間も、それは被告達が得たタクシー料金を被告坂上が取得する関係を定めるだけで、被告安達は被告協同組合の相互扶助の事業の関係では被告組合に使用され、その監督のもとにあつたと見るのが相当である。結局被告安達の運転は被告坂上の運送業の執行たる面と共に、被告協同組合の事業執行たる面も含むものと解するのが相当であり、これを左右すべき事実を証するにたりる証拠はない。

してみれば、被告安達の起した本件事故は、被告組合の事業執行中に発生したものであり、被告組合は、被告安達のおこした本件事故により原告が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

三、本件事故当事者の過失

〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は南北に走る幅員九・二メートルの舗装された車道(その両側に歩道合せて六・四メートル)と、東西に走る幅員七・二メートルの舗装された車道との交差点内にある。右交差点には信号の設備はなく、交通量は南北車道の方が東西車道に比しはるかに多く、駐車禁止の規制も南北の道路にのみされている。

(2)  本件事故当時は、南北の車道の交通量は特に多く、南進する自動車は本件交差点より南にある交通信号を待つて、本件交差点より更に北側まで渋滞している状況であつた。

(3)  被告安達は、普通乗用自動車を運転して、南から北へ向つて、時速三五ないし四〇キロメートルの速度で進行し、本件交差点手前ではフツトブレーキに足を掛けていたところ、停止している対向自動車の間から、原告が自動二輪車に乗り出て来るのを発見し、急いでブレーキを掛け、約四・三メートルスリツプして停止した。しかし停止寸前、原告車の左側面と被告車の右前が衝突した。

(4)  原告は本件事故前から右手がないので、左手だけで運転できるように装置してある自動二輪車に乗つていたが、本件交差点東側から進んで来て、右交差点に至り、交通状況を確かめた所、北側から南へ進む自動車は止つており、本件交差点付近を学生の一団が横断しているのを見て、それ以上南側の交通状況を確かめず、停車中の自動車の間を通つて横断にかかり南北道路に入つて始めて、被告車がすぐ近くを北へ向つて走つて来るのを発見し、ブレーキをかけるいとまもなく、被告車と衝突してしまつた。

(5)  以上の事実に基き、各当事者の過失を考えると、原告には、交通量も多く、信号設備のない交差点を通過するに際し、横断すべき道路の交通状況を確かめず、しかも自動車の陰からいきなり横断にかゝつた点で重大な過失があり、被告安達には交通信号のない交差点を横断するに際し、充分徐行をしなかつた過失がある。そして右両者の過失はいずれも本件事故発生の原因となつたというべきであるが、その過失は原告の方が被告安達のそれよりも重いものといわねばならない。

四、原告の傷害

〔証拠略〕によれば、原告の傷害、治療経過、後遺症については、次の事実が認められる。

(1)  原告は本件事故により、左脛骨々折の傷害を受け、ただちに菊井病院へ二日間、続いて安井外科に一八一日間(昭和四一年八月二五日まで)入院して治療を受けた。その結果安井外科病院の医師からは、負傷箇所に伸展障害、屈曲運動の障害はないと認められるに至つたが、骨折部は骨癒合のため膨隆し、長時間の座居に疼痛を訴え、歩行困難の状態が続いていた。

(2)  その後原告は国立名古屋病院に赴き、医師の診断を求めたところ、左脛骨遷延治癒骨折(仮関節)の状態となつており、左脛骨の下三分の一は前方へ出、異常運動があり、左下肢は二センチメートル短縮し、跛行があり、歩行には杖を要し、入院再手術の必要があると申し渡された。

(3)  原告は現在もなお再手術をしていないけれども、もし四ケ月位入院して再手術をするならば、仮関節は治癒する確率は高い、もつとも、そのためには治療費として約一五万円を要する見込みである。

五、損害

(一)  〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により次のとおり財産的損害を蒙つたことが認められる。

(1)  治療費 三一二、一九六円

(2)  附添費 五八、五〇〇円(外に昭和四一年二月二四日から五月二四日までの分三九、〇〇〇円)

(3)  個室料および布団代 三四、四四〇円

(4)  休業による損失

原告は本件事故にあうまで、株式会社藤本商会に外交員として勤務し、月収四一、〇〇〇円を得ていた。ところで前項において認定した原告の傷害の程度、治療の経過、入院期間等諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故により全く働らくことができなかつた期間は、原告が国立名古屋病院に行き診断を求めるまでの一年六ケ月と認めるのが相当である。よつて右期間の休業による損失を算定すると六五六、〇〇〇円となり、そのうち一六万円については原告の認めるとおり藤本商会から受領済みであるから残損害は四九六、〇〇〇円となる。

(5)  再手術費 一五万円

(6)  得べかりし利益の喪失

原告は前(4)項で認定した休業の最終の時期において、医師より再入院すれば、治癒可能であることが言渡されているにもかかわらず、その再入院による治癒見込を無視し、治癒見込がないことを前提として得べかりし利益を算定主張しているが、その当を得ないこと明らかと言わねばならない。

従つてこれらの事情を勘案すると、原告の得べかりし利益の算定については、当裁判所は次のとおり考えるのが相当と思料する。

即ち、原告は再入院予定期間として四ケ月が医師より申渡されているのであるから、その予後の治療期間をも見込めば、全く働らくことのできない期間を六ケ月とし、その後も長期の療養により労働者災害保障保険に定める第一二級の後遺症が満六〇才に至るまで五年六月間継続するものとし、右等級に定める労働能力喪失率を斟酌して、事故前の月収の一五パーセントの減収があることとするのが相当である。

よつて右算定方式に従い、ホフマン式計算法(月別)に従い右期間の得べかりし利益を昭和四一年二月二四日(事故当日)現在につき算定すると五五一、二九五円となる。

(7)  過失相殺

以上合計一、六四一、四三一円は原告が本件事故により蒙つた損害というべきであるが、本件事故発生については、原告にも重大な過失がある点を考慮すると、被告らはそのうち五〇万円を原告に対し支払うべき義務があると定めるのが相当である。

(8)  慰藉料

これまで認定して来た本件事故発生の態様、原告の傷害の程度、治療経過、後遺症、原告の治療態度、原告の損害が一面原告の将来に対する無気力により拡大されている事情の見えることなどの諸般の事情を考慮すると、原告が被告らに対し求めうる慰藉料は六〇万円と定めるのが相当である。

六、以上原告が被告らに対しその填補を求め得る損害に対し、被告ら又は自動車損害賠償保険によつて支払われた金員および社会保険により支払われ、被告らが求償義務を負担するに至つた金員が次のとおりであることは当事者間に争いがない。

(1)  治療費 三一二、一九六円

(2)  傷病手当 一四八、六八〇円

(3)  休業保障 八〇、〇〇〇円

(4)  附添費 三九、〇〇〇円

(5)  個室料、布団代 三四、四四〇円

(6)  自動車損害賠償保険金 二六〇、〇〇〇円

合計 八七四、三一六円

七、如上の事実によれば、原告は被告らに対し前記賠償を求めうる一一〇万円から八七四、三一六円を差引いた二二五、六八四円およびこれに対する本件事故発生の翌日である昭和四一年二月二五日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め得べきで、原告の請求は右の範囲で理由があるからこれを認容し、原告のその余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川正世 渡辺公雄 磯部有宏)

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